新たな道へ進む生徒さん

盲学校のM君との出会い

M君と初めてお会いしたのは、彼が小学校2年生の時でした。
盲学校に通われている生徒さんと接するのはそのときが初めてで、当初は「どうやって教えてあげたら良いのだろう…」と大変戸惑ったことを思い出します。
すぐに相談した恩師にも盲学校の生徒さんとのレッスン経験は無く、本当に手探り状態でしたが、
「とにかく精一杯向き合ってみよう」とお受けしたあの日から、あっという間に11年が過ぎました。

とても素直で可愛らしい男の子でした。
レッスン中、いつも小さな声で「はい。」「はい。」と可愛くお返事するのが印象的でした。

3歳からピアノを始めたM君。私の教室に来るまでに、すでに数人のピアノの先生に習っており、ドレミも指番号もしっかり理解できていました。
指も器用でしたが、何よりも特出していたのは、やはり耳がとても良いということ。
そして、記憶力が半端ないこと‼︎
1〜2回弾けばメロディーはもちろん、和音もだいたい弾けてしまいます。思わず
「すごいね。M君の頭の中はいったいどうなっているの??」と言ってしまったほどです。
その上、音楽的なセンスも備わっていて、こちらの言いたいことも瞬時に理解し体現できるのです。
本当に素晴らしいです。


M君の目になる

試行錯誤のレッスンが始まって数年経ったある日、
レッスンをしながらふと思い付きます。

「私がM君の目になって、楽譜に書いてあることを正確に伝えてあげたらいいんだ」

当然と言えば当然ですが、例えばこの曲は4拍子で、ト長調で、テンポはアレグロで、ここにクレッシェンドが書いてあって、指番号は何で、この音にはアクセントを付けてって書いてあるよ…などなど。

声に出して説明すると、視覚から一度に入ってくる情報というのは本当に多いことに気付かされます。
まずはそれを、丁寧に正確に伝えていく。そして、M君がどんな風に弾きたいかを感じながら曲を仕上げていく。
自然とそんなレッスンになっていきました。

時折M君は「なるほど…」
と呟きながらちょっとニヤッとするときがあります。

情報が頭の中で整理されて、理解できたときのM君のサインです。
この「なるほど…」が聞けた時、私は心の中でガッツポーズ♫

そんなレッスンを積み重ねながら、M君は様々な作曲家のピアノ曲をマスターしていきました。

ラフマニノフ ピアノ協奏曲 第2番 第1楽章を連弾 (2024年発表会)

コンクールにも果敢に挑戦

前のピアノの先生のときから、すでにコンクール経験のあったM君は、
その後も数々のコンクールに挑戦しました。

♫ヘレン・ケラー記念音楽コンクール(盲学生の音楽コンクール)
ピアノ1部 第1位、およびヘレン・ケラー賞受賞

♫日本クラシック音楽コンクール
全国大会出場

♫エリーゼ音楽祭
全国大会出場、リトルピアニスト賞受賞

いつも冷静で、本番前でも緊張しないと言うM君。
私はヘレン・ケラーコンクールのときのことが今でも忘れられません。
トップバッターだった小2のM君の小さな手をとって、舞台の袖で出番を待っていたときのことです。アナウンスで名前を呼ばれると、一瞬「キリッ!」M君の中で何かのスイッチが入ったのを感じました。
「さぁ、行くよ。」コンクールなのでリハーサルはありません。本番で初めて舞台のピアノに触れて奏でたその音は、本当にキラキラと輝いていました。まさに空から天使が降りてきたような、とても不思議な感覚でした。そして後に「心震わす感動の音色」と評され、最も感銘を与えた演奏に贈られるヘレン・ケラー賞をいただけたM君。
あの「キリッ!」は、天使の仕業なのか、すさまじい集中力だったのか、普段のレッスンでは分からなかったM君の強さ、覚悟だったのか…。私の講師人生の中でも、大変貴重な瞬間に立ち合わせてもらうことができました。
時には思うように弾けず、悔し涙を流したこともありましたが、ヘレン・ケラー以外のコンクールは、健常者に混ざって本当に大健闘だったと思います。結果も大事ではありますが、各地の様々なホールのピアノの響きを味わえたことは、M君にとってかけがえのない経験になったのではないでしょうか。

11年のレッスンの締めくくりは、ラヴェルの「水の戯れ」

M君には小さい頃からずっと弾きたいと言っていた憧れの曲が何曲かありました。
レッスン最後の曲は、その中の1曲「水の戯れ」に決めました。

ラヴェルの色彩感が好きなM君でしたが、「さすがに難しい〜」とのご感想。(確かに…)
いつかまた仕上げられるように、複雑な音を丁寧に譜読みしました。

レッスンでは、弱点となりやすい音が離れるところや、指遣いなどを工夫することはありましたが、曲を仕上げる段階に入れば、M君が全盲であることを忘れてしまうくらい、通常のレッスンと大きく変わることはありませんでした。

リストの「ため息」も好きな曲だそうです。
「ラ・カンパネラ」も弾きたかった曲でしたが、叶わなかったのが少し残念でした。

いつかまたピアノが弾けるようになったら、再開して、これまで以上にまたピアノを楽しんでほしいなぁと心から願っています。
最後に、これまで送り迎えを含め、長い間支えてくださったご家族にも感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。

M君は、そろそろ新しい生活に慣れた頃でしょうか。
素直で心優しい努力家のM君に、たくさんの幸せが訪れますように。
これからもエールを送り続けたいと思います。

いい笑顔♪(逆光でごめんなさい💦)


(5/22追記) 写真を送ってくださいました!